株式投資.jpは宗教なのか

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こんなコメントを拝見しました。


ううっ、悲しい……。

 

このコメントはヤフー掲示板のプロスペクトスレに投稿されていたコメントで、どう考えても教祖だと批判されている対象は私しか思い当たらないわけです。プロスペクトが暴騰する前からプロスペクトの材料について言及し、プロスペクトの情報を載せまくったのは株式投資.jpですから。

 

私は個人を神格化するのはどうかと思っている人間で、人間は皆弱点が存在するのだから完全無欠はありえないと思っているのです。まあ、このコメントを見る限り私は教祖になっているみたいですが……。

 

でも、分かるよ。このコメントも。

 

ぶっちゃけた話、今の私と株式投資.jpに嫌悪感を示す人も多いと思うんですよね。

というのも私に対する一部の意見が実に宗教に近いと感じているのは事実であり、私がいくら情報を公開しても「裏があるのではないか?」と考えるのはとても真っ当な思考だと思います。

 

まあ、裏なんて何もないのですが……。

 

他者から見て宗教的というのは確実に気味が悪いのです。外食産業に属す一部の会社は宗教みたいな形で作業員を洗脳し、「ここで働けばやりがいが抱ける! 将来も豊かになれる!」という形で超ポジティブ発言を連発させていますが、私はああいう風調が嫌いです。

 

洗脳経営を嫌っている私が、まさか教祖のように言われるとは予想もしていませんでした。

 

でも、そう言われても仕方ないとは思うけどね……。現状を見ていると。

 

私自身はプロスペクトを買え!とも、売れ!とも言ったことは1度もありません。全ての投資は自己責任になるため、私がアレコレ指図する権限はないからです。

 

そう言えば、最近嬉しいことが1つありました。

 

仕事で私とリアルでお付き合いさせて頂いている方がプロスペクトを購入していたのです。

その人は個人的に本当に大好きなので、プロスペクトで含み益を得たのは自分のことのように嬉しかったのです。

 

その人は「岡本さんのお陰」とおっしゃっていましたが、とんでもないと思いました。材料を見て投資を決断したのはその人自身であり、その人の投資スキルが長けていたから含み益を確保することができたのです。私はプロスペクトを買えとも売れとも言ったことはございません。

 

ぶっちゃけた話、その人が株で儲けても別に私は1円も貰えるわけでもないのですが、それでも心の底から嬉しかったのです。

 

非合理的な考え方ですが、やはり自分の好きな人がお金を手に入れるのは嬉しいと私は思います。

 

私は自分の好きな人に対してはメタメタに優しいので、好きな人が利益を上げたら自分のことのように喜びます。大切な人がいくら儲けたからと言って嫉妬することは一切ありません。

むしろ、「おめでとう!」と思います。

 

誰か分からない人だったらぶっちゃけた話、儲けようが損しようがどうでも良いのですが、リアルで利益を得たという話を聞くと大変嬉しく思います。

 

話を戻しますが、株式投資.jpが宗教みたいだと感じる件について。

 

私が教祖ならカーティスは神でしょう。カーティスという神を称える存在が私であり、私が率先してプロスペクトの情報を提供するというのは教祖だと揶揄されても仕方ないと思っています。


ただ、私は教祖でも何でもなく、プロスペクトとカーティスを応援する一株主です。

私を教祖のように讃えろ!と言ったことは一度もございませんし、なぜこんなことになっているのか私自身が困惑している状態です。

 

そう言えば、京セラ創業者の稲盛和夫さんも宗教的だ!と叩かれていましたね。

>だが、その一方で、メディアでは、ブラック企業の元祖ともいうべき経営者が、やたらチヤホヤされている。京セラ・KDDIの創業者・稲盛和夫のことだ。稲盛といえば、京セラ、KDDIを成功させ、2010年、78歳にして日本航空の再建を引き受け、会社更生法の適用から2年で営業利益2000億円というV字回復を成し遂げた。

 ブラック企業では、ワンマン経営者が社員を独自の理念で洗脳支配するケースが多い。独自の理念が社員の生活までも束縛し、心身ともに追い込まれてしまうのだ。
稲盛の人生論『生き方』もワンマン経営者ならではの、危うい文言が目立つ。
「自分の可能性を信じて、現在の能力水準よりも高いハードルを自分に課し、その目標を未来の一点で達成すべく全力を傾ける。そのときに必要なのは、つねに『思い』の火を絶やさずに燃やし続けるということです。それが成功や成就につながり、またそうすることで、私たちの能力というのは伸びていく」(同書59ページ)

出典

“元祖ブラック企業”稲盛和夫の京セラ〜1週間家に帰れない、奴隷システム、高退職率?

 

まあ、宗教的というのも1つの経営スタイルだと思うので私は否定しません。宗教的だと批判されるくらい結束力が強いという証明になるので。

 

稲盛さんくらい実績が長けており、カリスマ性に秀でている方だったら宗教的だと批判されるのは理に適っているのですが、岡本隆寛ごときの人間はぶっちゃけた話大したことはないので、参考材料として利用することをお勧めいたします。


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