無関心は完全なる悪である

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投資家の立場であるならば、無関心は完全なる罪であることを自覚しなければいけません。

そもそも株式投資というものは「政治・経済・社会」の3つの要素が株価に直接影響を与える面白いジャンルになります。

例えば政治。


政治が株価に及ぼす影響はとても大きく、政策は株価を決めると言っても過言ではないほどです。

自民党が法人税引き下げを検討していますが、法人税が引き下げられることによって恩恵を受けるのは利益を得ている会社です。

法人税が下がることによって企業の税負担が少なくなり、1株利益が向上し、結果的に株主に還元できる利益が増えるから法人税引き下げは株価に良い影響を与えるのです。

社会もそう。

イラクで武装集団が大暴れしていますが、世界で一部の地域が荒れてしまうと「地勢リスク」を気嫌いする投資家が流動資産である株を売却するという事態が発生します。

 

要するに社会情勢が悪化した場合、リスクを避けて安全資産へと資金を移す人が増えるので、日経平均株価が下がるという結果に繋がります。

 

このように社会と政治が株価に与える影響はとても大きく、無関心人間のままだと株式投資で勝つことはできないのですね。

株式投資というジャンルは参考材料が多ければ多いほど有利になるため、政治・経済・社会の3つの要素を意識した上で、株価の動きを分析するのが重要になります。

日本には無気力な若者が多く存在し、彼らは「物事に興味を持てないから勉強する気にならない」と、堂々と公言することがよくあります。

私の意見を言ってしまえば、物事に関心を示さない人間はただのバカですよ。

社会や政治、経済の動きに対して無頓着なままでいるのは、自分が何も知らないままこの世を生きるのと同義なんです。

人間は誰もが無知の立場のまま生まれます。

生まれた瞬間から会話をする人間は存在しません。少しずつ学ぶことによって自分の知識の足りなさを補うのが人間の宿命です。

古代哲学者のソクラテスは賢人として知られていますが、彼が今でも称えられているのは自分の無知を自覚していたからです。

ソクラテスは次のような名言を残しています。

「私が賢人というのはありえない。私は無知を自覚しているだけだ」


人間は誰もが無知です。

もちろん私もその例に漏れず、無知を意識して生きている人間です。

本物の賢人というのは、ソクラテスのように「自分の無知を自覚して生きている人間」のことを指すのではないでしょうか。更に言えば無知を自覚するだけではなく、「自分が無知であるからこそ学ばなければいけない」と考えている人間が、私は賢人だと思っています。

「俺は頭が悪いから物事に関心を示さなくても仕方ないし、学ぶ学ばないは個人の自由だから政治や経済について勉強しなくても問題ない」と堂々と述べる人もいらっしゃいます。

こういう人はね、凄い残念な人なんですよ。

何が残念かというと、自分の無知を棚に上げて自分の弱点を補う努力もせず、「自分は物事に関心を示さない人間だから仕方ない」と開き直って、学ぶ努力も怠っているところが残念なんです。

こういう人はいつまで経っても無知のままです。

このような人に限って社会から搾取されたまま生涯を終えることが多いのです。

それで本人が幸せならば別に良いのですが、何も知らないままこの世を生きるか、幅広い物事を理解した上で自分の歩みたい道を進むかは全く別物だと思っています。

それに無関心のままでいるということは自分のやりたいこと見つけられず、自分の強みを発揮することもできないので社会的に必要とされない人間になる可能性が大です。

この社会は何かに特化した人間の方が活躍できる可能性が高く、何事にも興味を示さない人間というものはそれだけで大した価値がない人間という風に評価されてしまいます。

投資家の立場で勝ち続けたければ、「無知でいることは良いことではない」と思ってください。

無関心は完全なる罪であり、無関心を暫定した瞬間、自分が成長する可能性はなくなります。

資本主義社会では知識を活用し、効率良く生きていくことが求められます。

無関心人間は資本主義社会で生きていくのに向いていない事実を理解しなければいけません。


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