自分の価値を意識してコミュニケーションを取ることが大切

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私は何に対しても価値を重視する人間で、コミュニケーションを取るときも自分の価値を強く意識します。全ての物事は価値で決まると思っており、全ての人に通用する価値はないと考えています。


出典 hmsboss.com

例えば私は株式投資の話をすることはできますが、株式投資に全く興味がない人からすれば私の存在は「無価値」です。私に興味を持っている人、私とコミュニケーションが取りたいと望んでいる人からすれば私の存在には価値が発生しますが、そうではない人からすれば私の存在は間違いなく無価値です。

私は、コミュ症と呼ばれる人は自分の価値を意識していないのではないかと本気で思うのです。

はっきり言って価値がない人間から話しかけられても迷惑でしかありません。例えば恋愛でも同じことが言えるのですが、自分の恋愛対象外の人にいきなり告白されても迷惑だと感じる人がほとんどだと思います。

相手から見たら自分は価値がない、それならば価値を身につける努力をするか、きっぱり諦めるかの2択しかないのです。

自分の価値を自覚しないでコミュニケーションを取っていること自体が論外であり、「自分の価値」を強く意識すればなぜ人間関係が上手くいかないのか考えることが可能になります。

例えば私は全く知らないご年配の方からいきなり人生に関して説教を食らった経験があるのですが、こういう人は自分の価値について全く意識していません。

その人がどれだけ偉い人かは分からないのですが、全く知らない人から見ればその人の価値は分からないのです。だからいきなり説教されてもまともに話を聞く気になりませんし、そもそもいきなり話しかけられること自体が迷惑だと感じます。

例えば私がいきなりあなたにメールを送り、「株式投資とはこういうものだ!」とか語り始めたらどうでしょうか? 非常に迷惑だと思います。こいつ馬鹿なんじゃないか、と思う人が大半でしょう。

そう、自分の価値を自覚しないで他人とコミュニケーションを取りたがる人はちょっと色々とおかしいのです。

自分が相手にとってどういう存在であるか? どういう風に見られているのか? どういう価値を提供しているのか?という部分を意識すれば、言って良いことと言う必要のないことを意識することが可能になります。

芥川賞を受賞した作家に「自分の原稿を評価してほしい」とメールを送り、結果的に無視され、愚痴っていた人を見たことがありますが、当たり前だなと思いました。

その芥川賞を受賞した作家からすれば「いきなり原稿を評価してほしい」と言われても迷惑なだけですし、何も利がないのです。更に言えばそんなことをいきなり要求する人間とは関わる価値がないと判断されても仕方ないでしょう。

メールを送った人は「芥川賞を受賞した人から原稿を評価して貰う」という価値を感じていますが、芥川賞作家の立場からすれば「面倒くさいことを頼まれた」のと同じなのです。しかも利益はなしです。これだったら無視されても当然でしょう。

無視するのは良くないと言う人がいらっしゃいますが、こういう光景を見ていると無視される側にも大きな問題があるとつくづく感じるのです。

ここで価値を提供したら別ですよ! 例えば「原稿を評価してください。代わりに評価して頂ければ10万円お支払いします」と述べれば始めて価値が発生します。10万円という価値が生じるのです。

これが、「あなたの作品について感想を語るから、私の作品にも感想をください」という対価だったらダメ。その辺の人の作品評価と、芥川賞作家の評論の価値が対等なわけがないのですから。

要するに何が言いたいかというと、相手にされたければ自分にしかない価値を提供するのが大切ということです。価値がない人間は相手にされませんし、価値がないから無視されるのです。

私も人と関わるときは「自分の価値」を強く意識します。

相手にとって自分の存在が無価値であれば、闇雲にコミュニケーションを取っても効果がないことを自覚しています。だから私は直接人様(アカの他人)に対して自分からアレコレと語ることはありませんし、語りたくもないのです。それは相手にとって迷惑ですから。迷惑だと感じられる時点で価値はないのです。

いや、本気で思いますよ……。いきなりコンタクトを取って説教したり自分語りする人は何を考えているのだろうかと。恐らく何も考えていないからそんな行動を取るのだと思いますが、そんな人にアレコレ言っても無駄なので無視するのが1番賢明だと思うのです。

株式投資でも会社の価値を分析するのはとても重要になりますが、自分自身の価値を意識して生きていくのはそれ以上に大切です。


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