ダイエー創業者の中内功から学ぶ経営術

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中内功(なかうちいさお)氏はダイエーを創業した経営者で、「強いダイエー」を築くのに成功した人物です。数多くの勝利を味わい、筆舌に尽くしがたい敗北を味わったのが中内功という人間です。


中内は「拡大成長」を強く意識して経営に取り組んでいた人物ですが、意外にも学生時代は目立たない若者でした。文学や哲学を好み、躍進経営を続けた経営者とは思えないほど大人しかったのです。学業の成績も平凡で、目立つ人物でなかったのは確かです。

太平洋戦争の経験が中内の考え方を変えました。

フィリピン戦線に参加した中内は、餓死寸前の状況を幾度も経験したのです。軍靴を食べ、食料が確保できない時間を過ごして中内は決定的な理念をいだきます。

「幸せには物質的な豊かさが必要である」

「動物的な欲求を満たしてから人間的欲求を満たすことができる」という確固たる信念を身につけた中内は、戦争時の経験がダイエーの経営戦略を築くのに至ったのです。

高度成長期のダイエーは「価格破壊」をテーマにして安売り路線を歩み続けました。結果的に格安価格で商品が買えるダイエーを多くの人が愛したのでしたが、この戦略が破滅の原因になるとはこのとき誰も知らなかったのです。

安売り戦略を決行したのは戦争時の経験が大きかったのです。

最初は薬の安売りを実現し、定価の2割引きや3割引きで薬を販売するのは当たり前でした。薬不足で困っている方に安い値段で薬を販売した中内の経営戦略を評価する人も多いのです。

多くの人に物質的な豊かさを提供したいと望んだ中内の考え方は、たくさんの人々に感謝されました。

【安売り戦略が消費者のニーズを捉える】

高度成長期時代の日本は物が売れまくっている状態でした。その中でもダイエーは「他のスーパーより安く買える」という強みを活かして多くの商品を売り上げていたのです。

もし、中内が安売り戦略を実行しなかったらダイエーを大企業に育てることは可能だったでしょうか?

商売の基本は「お客様の望む物を提供すること」です。ダイエーは時代の流れに乗って安売りを続け、お客様のニーズを見事に掴んでいたのです。これがダイエー大躍進の理由の1つになります。

また、戦争時の経験からタフな精神力を身につけました。

漫画家の水木しげる氏も同じですが、戦争経験者は精神力に優れている人が多いのです。最初は大人しい若者だった中内が、「俺は戦争で九死に一生を得た男だ。水爆が落とされても俺と電柱柱は立っている」と発言できるようになったのも、戦争という危機的状況を乗り越えたからです。

中内の強靭な精神力がダイエー成長の基盤を作ったのです。


ダイエーの安売り戦略はメーカーからの批判を受け、ダイエーと仲が悪い企業も登場しましたが「絶対に戦い抜く」という意識を秘めた中内はダイエーを「戦う集団」に育て上げたのです。

しかし、それが欠点になったのも事実です。

いわゆる「体育会系」の雰囲気を築いてしまい、売上が悪いと「お前の努力がたりないからだ!」と激が飛ぶ企業文化が出来上がってしまったのです。売上が悪いときに会社のビジネスモデルの是非を検討するのではなく、部下に責任を押し付ける会社は危険です。

それはダイエーの歴史を見ても分かるのです。

【闘争本能に優れていた中内功】

中内は闘争本能の強い経営者でした。戦争経験が中内という人格を変えたのですが、素晴らしい闘争精神はダイエー経営に良い影響を与えます。

1969年6月に「首都圏レインボー作戦」という戦略を打ち立てた中内は、ダイエー大躍進のプランを立てたのです。首都圏の本格進出を意味する首都圏レインボー作戦は社員の士気を高めるのに有効でした。

更に「イトーヨーカードーを潰すつもりでやってこい!」と檄を飛ばした中内は経営者にふさわしいメンタル力を身につけていたのです。

会社が成長するために重要なのは社長の能力です。多少の批判や苦境に負けてしまう社長はダメなのです。有り余る闘争本能を発揮し、成長意欲が限りなく高い社長が会社を成長に導くことができます。

ベンチャーや中小企業時代であれば「闘争本能」は良い方向に働きますが、成熟した企業だと守りの戦略を実行するのも重要です。

【中内の人間性がダイエーを傾ける】

中内は良い部分と悪い部分が極端に同居している人物でした。どの人間も長所と短所が存在するのですが、周囲の意見を無視してワンマンに走ると大きな失敗を犯してしまいます。

中内という人間を変えたのは戦争です。

戦争経験が中内の心を強くし、どんな批判にもめげない人物に育て上げたのは確かですが、同時に「人間不信」という短所も心の中に植え付けてしまったのです。アメリカ軍の日本人処刑を現実に目の当たりにした経験のある中内は、人間の愚かさを痛感しました。

成長期の功労者を切り、「自分の正反対の考えを持つ人物に全てを任せるのは危険だ」という考えを抱くようになったのです。

自分の長男を31歳の若さで専務に抜擢したり、中途採用の社員を軽視して新卒組との対立を作ったり、周囲をイエスマンで固めたりしたのは完全な失敗です。

中内は非常に自己主張の強い人物で、反対意見を持つ人たちを遠ざける傾向があったのです。会社という組織で反対意見が出ないのは危険です。イエスマンばかり集まって独裁体制を築いてしまうと「会社が間違った方向に進んでも止められなくなる」という爆弾を抱くことになるのです。

成長志向が強い中内でしたが、多角経営の失敗がダイエーを致命的状況へと追い込みました。優秀な人材が離れ、トップに同調する人間ばかりを信用したので多角経営を成功させることができなかったのです。

バブル崩壊の影響を受けてダイエーは落ちぶれたと評価する人もいます。

確かにそれも正しいのですが、私は「人財を育てなかったのが失敗の原因」だと分析しています。前述のとおり、ダイエーは急成長路線を走ってイエスマンの幹部ばかりで身を固めていました。経営能力に優れた人間を育成するのではなく、「指示に従う人間」ばかり集めてしまったのが敗因です。


更に1990年代後半は消費者のニーズを分析することができなくなり、「ダイエーには安い物が何でもあるが、欲しい物は1つもない」と言われてしまうようになりました。

中内もこの件に関しては反省しており、「消費者が見えなくなった」と発言しています。しかし、すでに衰退の序曲が弾かれている状態でした。

【ダイエー衰退の原因を作った中内】

中内はダイエーを急成長させ、ダイエー衰退の原因を作った経営者です。

最初はイケイケ経営が上手くいっていたのですが、人材を育てることを怠って「自分が信頼できる子供に無理やり跡を継がせようとした」というのがダイエー凋落の原因になります。

これらの失敗原因は中内の人間性にあったのです。中内は会社を成長させるのに適した経営者でしたが、「大企業をコントロールするのが苦手」という特徴があるのです。ダイエー集団を自分でコントロールしようと試みましたが、1人で成功するのは限界があります。

これはもしも理論になりますが、もし中内が功労者の実績を重視し、優秀な人材を育てることに力を入れていればダイエーの多角経営も成功した可能性があるのです。

2001年に「時代は変わった」と言い残し、ダイエーを退任した中内に対する批判は大きかったのです。中内はダイエー最大の功労者であり、ダイエー衰退の最大の原因になったのは確かです。

【中内から学べる経営術】

簡単に中内の良いところをまとめると以下のようになります。

・拡大意識が強く、ダイエーを急成長させる路線を築いた

・価格破壊で消費者に受け入れられるビジネスを行なった

上記の2点がダイエーの躍進を実現した大きな理由になるのです。

逆に中内の欠点がダイエー凋落原因になりましたが、簡単にまとめると以下の理由になります。

・周囲をイエスマンばかりで固めて優秀な経営者を育てることができなかった

・拡大意識が強すぎて多角経営に手を出し、失敗

・時代が変化し、安売り戦略が消費者のニーズを満たしていないことに気づけなかった

・ワンマン経営を続けて優秀な人材がダイエーから離れる

中内は間違いなく偉大な人物でしたが、組織を強化する能力に乏しかったのです。「会社は社長が重要だから、株を買うときは社長を見ろ」という意見は確かに正しいです。しかし、社長の能力だけではなく会社のシステムや組織図も注目しなければいけません。

一代で大企業へと成長させた経営者も多いのですが、そういう会社に投資するときは「大企業としてふさわしい組織作りができているか?」という点に注目してください。

組織体制が上手く築けていない会社は必ず衰退します。

中内の歴史を見ても分かる通り、会社が存続するために重要なのは「強い組織作り」です。投資先が永く繁栄し続けるか見極めたければ、会社の体質を分析するようにしましょう。


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