家庭環境で人格や人生が決まってしまう厳しい現実

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結局、長期投資というものは「会社の発展を応援する行為」になるため、自他共に利益を追求する人でないと長期投資に徹するのは難しいと思っています。

 

この世には親に愛されずに育った人が腐るほどいらっしゃいます。

 

親に愛されずに育つ――。私はそういう人を多く見てきましたが、本当に悲惨です。何が悲惨って、親に愛されないで育った人間は「愛された経験が足りない」ので自分を愛すことができず、他人に対しても愛情を注ぐことができないのです。

 

私は他記事で「なぜ足を引っ張る人が存在するのか」という疑問を綴りましたが、実は足を引っ張る人の気持ちは若干分かる。

 

自分が誰からも支援を受けることができず、誰も助けてくれず、誰からも評価されず、自分という存在価値が大したことがないという現実に直面したとき、人は現実から目を逸らすために「他人の短所をどうにかして見つけ出し、叩いて自尊心を満たす」という行動を取るのでしょう。

 

要するに防衛本能。精神的な防衛本能だと見ています。

 

しかし、いい年こいた大人がそんなことをしているのは甘えでしかなく、これも家庭環境が不遇な人に多い特徴になります。

 

誤解を招かないようにはっきり申し上げますが、家庭環境が悪くても困難を乗り越えて優れた人格を形成した人はいらっしゃいます。しかし、それはレアケースに過ぎず、統計的に見たら「家庭環境が悪い中で育った子供は、大人になってもその影響を引きずる」というのが定番の流れになります。

 

これを見てください。


>母子家庭,父子家庭の折れ線とも,きれいな右下がりの傾向を呈しています。つまり,非行の家庭環境差は低年齢の児童ほど大きい,ということです。最年少の10歳でいうと,母子家庭少年の非行率は通常の4.9倍,父子家庭少年は実に10.6倍にもなります。

年少の子どもほど,家庭環境が非行に及ぼす影響が相対的に強いことが知られます。年少少年が非行化する確率は絶対水準としては低いのですが,自我が未熟である故か,環境による影響を被りやすい,という事実を認識すべきかと思います。

出典 http://tmaita77.blogspot.jp/2013/04/blog-post_27.html

 

このように、統計的に見たら「家庭環境が悪い子供は非行に走りやすい」というデータが出ています。幼少期だけであればまだ救いようがあるのですが、愛されずに育った子供は大人になっても偏屈な愛を求めます。

 

例えば私の知り合いでは親に愛されず、親に捨てられた人がいましたが、その人は父親の愛情に飢えていました。その結果、彼女は手当たり次第に年上の先生に告白し、「仮の父親の愛情」を求めるという行動に走ったのです。

 

別にそれ自体はどうでも良いことですが、幼少期に愛されなかった人間はコンプレックスを抱えていると思えるほど特別な愛情を求めるケースが多いです。

愛された経験がないから愛することを知らない、愛することを知らないから人に信頼されず、誰からも期待されない。誰からも期待を抱いて貰えないから自分が嫌になり、他の人が憎く見えてしまう。

 

悲惨だ。

 

人は生まれながらにして格差が発生しています。良い家庭環境に生まれた子供は「親の愛情」をみっちり受けて育つので性格が捻くれていないケースが多いです。性格が捻くれていないから10代、20代になっても多くの人から愛され、この世界は愛で満ちていることを知ることができます。

 

しかし、家庭環境が不遇な状態で育った人間の大半は「他人は信用できない」という考えを抱き、他人を蹴落とし、自分だけがのし上がろうとする発想にたどり着きます。それはそれで1つの生き方になりますが、本当に幸せな人生を送れるとは思えません。

 

この社会は人と人の助け合いによって構成されており、自分の仕事を務め上げて社会に貢献するから対価(お金)を受け取ることができるのです。

 

しかし、愛情に恵まれなかった人間はその事実を気づくことができない。そもそもの性格が捻くれてしまっているから大人になっても協力者を集うこともできなければ、誰からも支援して貰えない。

 

そうして「この世は厳しい。信頼できない人間ばかりだ」と卑屈な考えを抱き、自分をどんどん追い詰めていくのでしょう。

 

愛されることを知っている人は人を愛す術を理解しています。

この世には信頼できる人間と信頼できない人間が確実に存在している現実を理解することができます。人は自分と同レベルの人間を引き寄せるので、愛情を注がれて豊かに育った人間は「人と協力し合い、お互いに利益を上げていく人」の支援を受けることができます。

 

結局、誰からも認められないというのは世の中が悪いのではなく、自分が悪いのです。

 

その根本的な原因が家庭環境であろうと、愛されなかった結果であろうと、それは悔いても仕方ない。過去は変えることができないのですから。

 

しかし、人格が形成されてしまうと実際問題、大人になってから変えるのはほぼ不可能です。こうして愛に恵まれた子供は大人になっても様々な人から愛され、より良い人生を送る反面、愛されなかった子供は他人を愛すことを知らず、「信頼」の価値も知らないまま疑心暗鬼のまま生きていくように思えてなりません。

 

それはお前の勝手な思い込みという批判もあると思いますが、家庭環境が将来性や人格形成に大きな影響を及ぼすのは統計的に見て確かな事実です。

 

本当に人を応援することができる人は確かな富を掴み、大きな利益を上げられると私は考えています。結局、長期投資や「人を応援する行為」というものも、自分の性格が破綻していないから取れる行動だと思うのです。

 

長期投資に向いているのは「人や会社を応援することができるだけの心の余裕がある人」ではないでしょうか。

 

幼少期の家庭環境で人格が形成され、その後の人生に大きな影響を及ぼすのはとても残酷ですが、そういう現実が存在するから仕方ありません。本当の希望を掴み取りたければ、現実を見据えた上で最適な行動を取るのが1番だと考えています。

 

まあ、私の意見を言わせて貰えば「自分を信頼してくれたり、応援してくれたりする人のために積極的に利益を還元し、その人が求めるものを渡すこと」を心がけるのが1番良いと思っています。

 

誰の援助も受けないで大成した人間はいません。

 

人と人の関係が重要になる社会であるからこそ、他人を大切にしなければいけないとつくづく思います。これも私が親に恵まれたからそう考えることができるのかもしれません。

この意見に反発する人もいるでしょう。それで良いのです。

人間は絶対に分かり合えないのです。

 

だからこそ、「協力し合うグループ」に属してお互いの価値を高めていくのが得策であるとつくづく思うのです。


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