最大のリスクは「死」であり、その程度のリスクしかないから挑戦することができる

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成功する人間、魅力がある人間には一定の法則が存在し、その法則の1つとして「夢を追って挑戦し続ける」というものがあります。


出典 manxvoice.com


実は「夢を追って挑戦し続ける」というものは誰にでもできることではなく、大人になればなるほど失われる希少価値が高いものになります。大人になると厳しい現実を直視したり、大きなことを語ると笑われたりすることが多くなってしまうため、自然と思考が現実的になってしまうのです。

しかしながら偉大な目標を達成した経営者や、大きなことを成し遂げる人物の大半が「リスクを取って挑戦し続けている」のです。

そもそも経営者はリスクを取らなければいけない生き物であり、社員を一人雇うのもリスクが発生します。

経営者の器はどれだけ大きなリスクを取って挑戦できるかということで決まると思っており、挑戦できない人間はすべからず器が小さいのです。

しかし、挑戦できないことを責めることもできません。人間には誰しも恐れが存在し、挑戦するということに関しても「恐怖」を感じるのが普通です。挑戦するのが怖いのです。だから挑戦する人が少ないのです。

そもそも人間にとって最大のリスクとは何でしょうか?

それは死ではないかと思います。

死んでしまったら今まで積み上げてきた功績が全て無になりますし、何も感じなくなります。極端な話、今まで何億手に入れようと一度死んでしまえばそんなものはどうでも良くなるのです。

しかし、死は誰にでも訪れる。

そう考えると一番大きいリスクである「死」が、誰にでも訪れる身近なものであり、そもそも避けようがないリスクであることは誰でも理解している事実です。

しかしながら死が最大のリスクだと仮定した場合、リスクというものは実は全然リスクではないのではと思うのです。

死から避けられるのであれば「挑戦して失敗したら死ぬ」というのは大きなリスクですが、そもそも成功しようが失敗しようが死から誰も逃れられないのです。だとしたら挑戦しようが保守的に生きようが、どちらでも良いではありませんか。最終的なゴールは皆全て同じなんですから。

日本には「死ぬ気で頑張る」という言葉や、「死ぬ覚悟」という言葉があります。

私は、「死ぬ覚悟」という言葉に最近疑問を抱いています。

「死ぬ覚悟」と言っている時点で死を恐れているのです。例えば遊びに行くときに、「東京に遊びに行く覚悟だ」とは言わないでしょう。覚悟という言葉は「危険なこと、不利なこと、困難なことを予想して、それを受けとめる心構えをすること」という意味になります。

つまり、覚悟という言葉を使っている時点で死を恐れている証明になるのです。死に対して前向きに接していない。本当は死から怯えているけど、死が訪れるのは嫌だけど、死をリスクとして受け入れて「覚悟を決める」のが死ぬ覚悟でしょう。

そもそも死が恐ろしいと誰が決めたのか。


出典 mgms.jp

実はそれはただの思いこみかもしれないのです。一度死ぬか生きるかの体験をすれば分かりますが、死ぬ直前は本当に怖くないことが分かります。

死んだところで何も感じなくなるだけでしょう。

意識がなくなった人は分かると思いますが、本当に何も感じなくなるので怖くもなんともないのですよ。悲しくもありません。恐ろしくもありません。むしろ苦しむこともないので心地良いくらいです。

死は誰にでも訪れますが、死を暫定的、好意的に受け止めれば見方が変わります。

「いつでも死ねるんだから生きているうちに自分のやりたいことに取り組んで、リスクを恐れないで挑戦しよう。そしていざとなったら死のう。大丈夫、死ぬのは怖くないどころか、死ぬ直前は快感も味わえるんだから」

>「死を察知した脳はドーパミンやβエンドルフィン、セロトニンらの脳内伝達物質を多量に出し”超気持ちいい状態”にします。これは自然死、他殺、自殺を問わず共通する幸福感です」

ソース http://news.livedoor.com/article/detail/5303944/

この事実を踏まえて考えると、私は死が訪れるのが楽しみで仕方ありません。死ぬ直前に快楽が訪れるのが嘘だとしてもそれは構いません。死そのものが苦痛から解き放つ現象であることに変わりはないのですから。

死ぬ直前はどんな快感が訪れるのか。死後の世界はあるのか。正直に言って私は死後の世界なんかない方が良いと望んでおり、死んだら何も感じなくなるのが理想です。そうしたら苦しみや悲しみから解き放たれますから。

死なない間は仕方なく生き続けなくてはいけませんが、何をしてもどうせ死ぬのならば「いくらでもリスクを取って挑戦できる」と考えることができるのです。死は恐ろしいどころか、最大のリスクがこの程度のものなので挑戦を恐れる必要は全くないのです!

リスクを取って挑戦できない人は実に多い。

それは今の自分を守ろうとしたり、何かを防衛したいと望んでいたりするからでしょう。

でも、自分が今一生懸命守りたいと望んでいるものは本当にそこまで価値があるものでしょうか?

今すぐ捨て去っても構わないものではないでしょうか?

死ねば全て失われるのに、生きている間は物に固執する。何かを失うのが怖いから挑戦することができない。最終的には何もかも失うのに。

「死ぬことによって最終的に何もかも失う」という誰もが知っている結論を抱えているのにも関わらず、今とある物を失いたくないから挑戦しない、できないとは実に愚かではないでしょうか。

挑戦できない根本となる原因は「現状を守りたい」という意識です。

そもそも挑戦しようがしまいが、現状が現状のままということは絶対にないのです。物事は常に変化し続けます。

挑戦しようが挑戦しまいが、遅かれ早かれ絶対に死ぬ。しかも死ぬことは意外と怖くないばかりか、苦痛や恐怖から解放されるので死(何も考えられなくなる状態)は心地良いという現実を知れば、挑戦に対して恐れることはなくなります。

いざというときは死んで楽になれば良いと考えれば、挑戦を恐れる必要なんか全くなくなるのです!!!

私は自分自身も挑戦しますが、挑戦を続ける企業に投資することを望んでいます。プロスペクトが「挑戦」という理念を掲げたのは誠に結構なことであり、失敗なんか恐れないでどんどん挑戦したいと思っています。

今や大企業へと発展したソフトバンク(9984)も「無謀」とも言える挑戦を続けてきた会社でした。挑戦するから孫さんは魅力がある。挑戦しているからソフトバンクは大企業になった。

大きなことを成し遂げ、人生を楽しみたければ挑戦するしかないのです。

挑戦して最終的に死ぬしかなくなったという場合も大丈夫。

「こんなくだらない世界から早く脱することができる。しかも自分のやりたいことをして」と捉えることもできるのです。

死は全く怖くないばかりか、最終的な救いをもたらす存在であると意識すれば、リスクを取る恐ろしさや挑戦できない恐れを捨て去ることができるのです。


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